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京都へ 病院へ 大道芸人の骨

数ヶ月前までものすごくシャキッと立ってたギリヤークさんが、
昨日、4月29日(日)から首が痛いといってて、背中も真っ直ぐ立てなくなった。

今日は大阪から京都への移動日。
本当はいつも京都についた日に阿国さんに挨拶をするというので
それをご一緒したくて移動も一緒にしようとホテルにお迎えにあがると

「昨日の夜になってものすごく頭が痛くなって
電話して誰かに助けてっていいたくても
電話に手すら届かなくて・・・」
そんなぐったりしたギリヤークさんだったので
ホテルから駅までもタクシーで移動。

「百万円もらっても(もう歩くの)やだ・・・」
とそれでもお茶目さの残る発言をききながら
必死というか瀕死というかで大阪から京都になんとかして移動。
阿国さんに挨拶どころではなかった。

「首が痛い」のほかに、「脳が痛い」という言葉を使うのか気になった。

今日はわりと時間に余裕があって
また連休中の貴重な平日なので、
病院にいくなら今日じゃないとと思い調べてみると比較的近くに
整形外科と脳外科のある病院にいくことに。

すこし休んで、とベッドに横たわってもらおうとすると
横たわることですら首が痛くて困難なほど。
そこをなんとかして数時間ひとりで休みをとってもらったあと
迎えに行くと京都に移動したことも憶えていなかった。

あれだけ大変そうだったから無理もない…

待合室で、大阪公演のあとファンからもらったスポーツドリンクを飲むギリヤークさん。
あまり飲んだことのないものなのか、味のついた水として不思議そうに飲んでいる。

「ねぇ、これって甘酸っぱいでしょ?
これって、あれでしょ? 恋の味なの?」

診察ではすぐに痛いであろう場所を触りあてた名医さん、
レントゲンも念のためとって、
脳や骨の異常でなくて、頭の筋を痛めているとの診断結果。
一週間待てば、治るそう。よかった。
(一週間以内に公演は2個あるけど…)

介添えとして一緒に診察室に行ったので、
ギリヤーク尼ヶ崎の骨を見た・・・。
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by a-avenue | 2015-04-30 18:00 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

大阪公演

大阪公演。今日は久々によかった。
ギリヤークさんのガッツポーズこそ出なかったものの

栃木のときの踊り終わりのことばが「がっかりしたんじゃない?」
尼崎のときの踊り終わりのことばが「最低の踊りだったね・・・」
だったのとくらべたら
今日の「これでいいの?」はそうとうよかった。

こっちも躊躇せず「これでいいよ」って答えれた。

毎日新聞に告知記事が出ていたせいもあって、かなりお客さんが14時の段階でいてくれたのと

朝から一緒にいたから
14時までに場の準備(のぼりとチラシ)と持ち物の準備も完了して

「ぼくいつも15分前にホテルをでるの」というギリヤークさんを
今のギリヤークさんの歩きだと15分じゃ現場に辿りつけていなかったから、
30分前に部屋を出ようと誘って などして・・・

尼崎の時も14時にはそれなりに見たくているお客さんがいたんだけど
一時間またせたら場がだいぶ薄くなってしまったので
今日は、始まる前だけは手伝うと決めていた。

お客さんが思いのほか多かったので、現れた瞬間から気がのった。

こういうのももう、芸の内としてもいいかもなぁ。
3回に1回くらいしかあたらないとか、それはそれで
何度も見たくなっちゃうくらいの
いいときにあたったらありがたや・・・くらいの
ふところひろめでいいんじゃないかなぁ。

けど前にも書いたけど
でもギリヤークさんの凄いところは
だめな時でも写真はいいんですよ・・・

調子あがらない日はピークでの滞在時間が短くなっちゃうんだけど
ピークまで届いてないわけじゃないから
動画だとダメかもしれないけど
写真だったら撮れればうつる。
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by a-avenue | 2015-04-29 23:59 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

大阪公演の朝 ギリヤーク尼ヶ崎

大阪くもり。一歩ホテルを出て、踊りやすそうな天気だな、と思う。
暑いとつらいらしいので、尼崎の時はすこし暑すぎたかなぁ。朝もまず踊り基軸で天気をみてしまう。

昨夜は私は仕事の都合で、尼崎から心斎橋の移動は同行できず、
夜10時すぎごろギリヤークさんのホテルに、到着したかしら、の電話をしてみると、

フロントの人が「ちょうど今来られたところですよ。
お部屋につくまで少し時間あるかもしれないけど、電話おつなぎしますね」
ピッタリすぎてびっくり…動きのペースがあってきている…

尼崎ー心斎橋間なんて、私が動けばチェックアウトの一時間後にはつくけれど、何処かに寄り道したというよりは、移動自体にすごく時間がかかるようになっているんだろうな…。

実は3日前の金曜日が、関東から尼崎への移動初日で、昼3時に世田谷の家を出て夜1時まで尼崎のホテルに着かずに一泊目の宿がノーショーとみなされキャンセルされてしまった事件があった。

一人で動けなくなったら大道芸人でいられないから、余計な助力は極力さけたい。でも尼崎では公演準備の円を地面に書いたあと、衣装をとりに歩いて5分のホテルに一人で戻ったらそのまま一時間半、現れることができず、公演開始の時間に一時間も、間に合わなかった。

今日はアメリカ村の公演なので、けれど当日の手伝いはあった方がいいかな…と、朝から撮影名目で待ち合わせです。
ギリヤークさんの常宿は大阪帝国ホテル。以前に私も勘違いしてワクワクして泊まったことがあるんだけど…大阪帝国ホテル、と、帝国ホテル大阪、は、実は違うホテルなの^^;


写真集の編集も進んできています。
一般的な正しい色校正の方法ではないけれど、いろんな光源で色校正原稿をみてみたくて、
大阪の町で、外にでて座り込んで太陽の下で本文の色校正をみていた。
道でおっちゃんたちが気軽に覗き込んで声をかけてくる。
これどこそこかい?と、大阪の地名をあげられるけど、大阪の写真は入ってない。
みんなが「すごいおばさんだね」って口々に。
おっちゃん達はみんなギリヤークさんの写真が女性に見えるみたい。
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by a-avenue | 2015-04-29 07:56 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

尼ヶ崎最終日

明日行く心斎橋の駅名がなかなか覚えられずに
「明日はヨドバシカメラだかなんだかに行くの」
と言い続けているギリヤークさんが明日無事大阪にたどり着けるかどうかやや心配ですが、
何が言いたいか翻訳できる私になってきました。今日もいい天気です。

そして表紙カバーの色校正があがってきたので旅先でOK出し進行。
普段はマット寄りの仕上がりが好きなので、
表紙カバーもマット加工かけるつもりでいたんだけど、
少し暗めの図柄なので逆をついてツヤの方があうかも…と
ツヤで仕上げ指示。吉とでますように…!
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by a-avenue | 2015-04-27 16:12 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

ギリヤーク尼ヶ崎さんからの電話 凄さの本質

4/20、ギリヤークさんからお昼に電話がかかっていたことに気付き
夜こちらからかけなおす

先日の栃木での写真を小さな写真集にまとめて
郵便で送っていたのだけれど

「届きました」という話と

いつものようにほめてくれる。
ギリヤークさんはいいところを見つけてくれる人なので
ほめすぎの点については、さしひいて読んでほしい。

「こんなすごい写真・・・朝までずっと見てました。

今までこんな風にぼくのこと撮った人、いなかったよ。
キレイごとじゃなくて今の僕をそのまま撮ってる。
僕こんな年とってるんだね・・・
80代の踊り、新しい踊りが出来るかもしれない。
老人のような老婆のような・・・

こんなすごい人だって思わなかった。
ミス函館の人だとおもってたら・・・

写真を見ていて
泣けて泣けてしょうがなかった。

自分の生きてきたことに悔いはない、
やっぱり街頭で踊りたい。
踊るしかない」

それだけをいうのに一時間半もかけて
いろんな話をいったり戻ったり。

初めてみた時はただ口を開けるだけだったけど
ずっと見ていると調子のいい時とそうでもない時も
だんだん見えるけれど
この間の栃木公演は決して調子のいい方ではなくて

撮っているとわかるのだけれど
ギリヤークさんのすごいところは
見ていて調子悪そうだなという時もなお写真になっている。

むしろそれが凄さの本質に近い。


そんなようなことを伝えたくて
本にして届けたので
なんとなくそれは届いたかなと思ったりしながら・・・

4/21もギリヤークさんから昼にかかってきた電話はとれなかったけれど
この日心臓のペースメーカーの件で行っておられるはずの病院の結果が気になって
夕方こちらから何回かかけたけど八時にまだ戻ってきていないようだったので
また明日かけよう

毎日新聞の京都が関西公演の予定を載せたみたい。
http://mainichi.jp/area/kyoto/news/m20150421ddlk26040467000c.html

続きは
http://topics.smt.docomo.ne.jp/article/mainichi_region/region/mainichi_region-20150421ddlk26040467000c?fm=latestnews


今はひたすら本を作っているけれど、ちなみに私の予定は
5/5 多摩センター 手廻しオルガン
5/10 横浜 藤棚商店街 手廻しオルガン
5/16から横浜六角橋「あけ/たて」で写真展
たぶんこの日ギリヤークさん本出版!!
(そしてこの日六角橋にてヤミ市開催、ギリヤークさん踊ります)
です♪

写真でもオルガンでもお会いできたらうれしいです。
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by a-avenue | 2015-04-22 01:49 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

宇宙の孤独

時々ギリヤークさんは
あの日の空の話をする

「母さんが死んだ日に、
いつもだと青い北海道の空が
その日だけは灰色に見えた…」

それでもその日は踊っていた。
踊り終えてカンパではなく香典が入って、
それを思い知った。

今夜は深夜11時に函館やまじょうの太田さんから電話があって、陽気に酔った声が
「ギリヤークさんはさ、
俺たちには想像もつかない宇宙の孤独と
戦っているんだよ
って今、話してたんだ」
と語った。

宇宙の話をすると、

16ミリのえいがの中でギリヤークさんは
「大道芸人でよいではないか」
のくだりのあとで、こう続けている

「そして自分の姿をじっくりみつめていくことによって
少年の頃から心に抱いた遠い昔から脈々と行き続けている宇宙の命に
いつの日か会えるかもしれない」





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by a-avenue | 2015-04-12 01:38 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

踊る生き様

ある日のギリヤークさんは、体調がよくないらしく、いつになく弱気で

「だってもう踊れないよ…手も上がらない…」
「僕もう、自殺した方がいいんでない?」

そんなギリヤークさんに、
「死んだらだめだよ。みんな生きたかったよ」
というと
「やっぱりそう思う?生きたかったよね」
と、生気を取り戻した。

それから
「みんな、ギリヤークさんの生き様が見たいの?」
と聞くから(ギリヤークさんは自分でギリヤークさんということが時々ある)
「そうですよ。88まで踊る生き様を」
と励ましの言葉を探し渡して、別れたあと一人になってから

・・・見たいのは生き様なのだろうか・・・、と

生き様は生きた結果で
踊るなら踊り手が見せるのは、『生き様』ではなく、あくまで『踊り』である筈で
踊り続けるその姿がいつか生き様と呼ばれることはあるかもしれないけれど、
と…そんな風に悩みめぐる。

けれどまたその次に会ったときも
「生き様を踊る」
ギリヤークさんは自身でこの言葉を使った。

ギリヤークさんの、『念仏じょんがら』という、踊りがある。
踊り終わりに「かあさぁん」と叫びながら亡き母の遺影を抱えることでよく知られた踊りだが
実は最初は母の為ではなく、亡くなった妹に作った踊りなのだという。
「妹は小さいころに脳性マヒをしていて、いろんなことがよくわからくて、でも僕にはなついてていつもあとをついてきてた。祖母が亡くなった時に妹は人が死ぬということがわからなくて「ばばちゃに会いにいきたい」と亡くなってから何度もいった。
でも妹が大人になって、25歳で、もう彼女の命が終わるというときに「ばばちゃのとこにいくか?」って聞いたら
「やだ」って首を振って、目に涙を溜めて…、死ぬ前になって死ぬということの意味が彼女はわかってしまったんです…」

そんな妹への踊りが念仏じょんがら、なくなったのが●年、初めて踊ったのが●年だから
「妹の死のあと、この踊りができるまでに20年もかかったんだなぁ・・・」

その念仏じょんがらを、今ギリヤークさんは、
その後亡くなった母や、生きたかった様々な人たちへの想いを込めて踊る。


生きているから、生きた時間が踊りになって
踊り続けた姿が、生き続けて、生き様になっていく。

ギリヤークさんは、ただ渾身に踊りを踊っている。

だから、その踊り、生き様から、直接与えられるような問いかけはないのだけれど
身を削り命を削りながらも、この路上で踊り生きる姿の前で、見ている人は自ら何かを受け取ってしまう


時に問いの形で

 あなたはどう生きるのか
 自分はどう、生きるのか


時に勇気の形で

 生きようと





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by a-avenue | 2015-04-07 02:09 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

じょんがら一代

ギリヤークさんのよく知られる演目のひとつに
『じょんがら一代』というのがあって

「ぼくの芸は一代限りの芸だから」という言葉を聞いたことがある。

ある時、公演後に稽古小屋で眠りにつくと
夜明け前、時計は五時半、ギリヤークさんが早くも目を覚まして、応接間の机に向かい、考えごとをしている風で

「そうか…、一代っていうのは、
ぼくを超える芸人が出てほしくてつけたんだった…」
と独り言が聴こえる。

その日の夕方、ギリヤークさんは今度は会話として、こう言った。
「一人でずっと踊ってきたけれど、
もしも誰か、後継ぎがでるなら、小さな子ども、女の子か男の子がいいな、踊りが好きな。
僕のいいとこだけ見習ってそれを超えるつもりでやる男の子か女の子、
そしたら僕は少しだけ踊りを教えたら、あとは自分の感性で踊るようにって言う。
僕の踊りは僕だけの踊りだから」

一見違うみっつの言葉が、側面になる。

ギリヤークさんの踊り。
幼いころ父と見た三味線の音の記憶、
若い妹の早すぎた死、母との時間、
生きたかった声が聴こえる、どこからも幾度も、
抱える記憶、重ねる踊り。


そして私はそのギリヤークさんを
こうして近くから、この大道芸の先人を、
写真の師がレンズを向けた人と同じ人を、今、撮っていて。
大道芸への思い、写真が残すもの。


続いているもの
受け渡されるもの
受け継ぐもの

一代のもの。





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by a-avenue | 2015-04-06 19:00 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

踊り続ける

鹿沼で踊り終えて戻ってきた桜新町のギリヤークさんの家でひとしきり色々な話をして

ギリヤークさんは
「死ぬまで踊り続ける」と言った

「それしか生き方はない。
なぜ踊るかっていうとそうでなければ生きていけない。
生きていくということは食べていくことも含めて」

言い切ってから

「本当のところはもっと練習をしてみないとわからないけれど・・・」


今度病院に行って、もしペースメーカーの交換が必要だと言われてしまったら
きっと一年くらい踊れなくなる。
それは踊り手にとっては一年ではすみれないブランクになる恐れもあって

以前、膝の半月板の手術をしたときは
「今年が最後だと思ってがんばります」と、言って踊った。
新聞の記者さんはその年そう記事に書いて
翌年も「今年が最後だと思ってがんばります」と、言って踊って、
記者さんはその年もそう記事に書いて
その翌年も「今年が最後だと思ってがんばります」

「三度も書いたらもう書けない」と記者さんが半分笑うが

いつだって体の限界まで踊っていて
そして今も踊り続けているから

今年が最後だと思っていても
最後なんかじゃきっとないけど、

生きているうちに、見てほしい。

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by a-avenue | 2015-04-05 17:00 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

函館 since 1986 ~この町のギリヤーク尼ヶ崎~

話:村岡武司(ギャラリー村岡)3/30夕方、太田誠一(カフェやまじょう)3/31夜、米田哲平(函館市文化・スポーツ振興財団)4/1昼

ギリヤークさんはこの頃では毎年夏の初めと終わりに函館で踊るが、
ギリヤークさんにとって生まれ故郷のこの函館を、毎年訪れるようになったのは1986年、56才になってからだった。

始まりは、ギャラリー村岡のオーナー、村岡武司さんが札幌のルポライターからギリヤークさんの話を聞いたこと。
そして村岡さんは函館から、新宿の三井ビルまでギリヤークさんの公演を見に行った。

踊りを見て、とんでもない人もいたもんだな…と思った。
そして、函館のユニオン・スクエア(現・明治館)でやったらきっと素晴らしいだろうなと思い、新宿で踊り終えたギリヤークさんにその場で声をかけた。

函館に戻り、カフェやまじょうの太田さんにそのことを話すと、太田さんもギリヤークさんのことを知っており、ぜひ函館でとの思いが一致、1986年11月30日(日)にギリヤーク尼ヶ崎さんの函館公演が実現した。

この日、村岡さんが用意した公演を知らせるチラシには、左半分に似顔絵、右半分に切り取り線があり、メッセージを書いて投げ銭を包んで投げ入れることができるというとても素敵な仕込み。表題はINVITATION to STREET PERFORMANCE、大道芸への招待状・・・

当日は、ギリヤークさんが踊る円の周りに、まずゴザ、次に椅子、その外を多数の立ち見客が囲む、さらに明治館の二階から見下ろす観客で、その様子はさながら壮大な円形劇場。投げ銭も上から下から飛び交い、金額も15万を越えたそう。

ギリヤークさんが初めて街頭で踊った時の投げ銭は、150円。
「1000倍になるのに20年かかりました」

太田さんに当時の感想を聞くと「理屈抜きの感動を初めて知った。ダイレクトに魂がぶつかって包み込む」。そして初めてギリヤークさんを見た函館の人の中には、涙を流して「そんなにまでしなくてもいいのに」とギリヤークさんを見つめる人もいたそう…。

今、ギリヤークさんは毎年夏に北海道各地で踊るが、夏の初めに函館大門、夏の終わりには函館千代台公園で踊る。千代台の側の主催のひとりの米田哲平さんも、村岡さん太田さんとともにギリヤークさんの近くにいた人で、当時のことを尋ねると「公演後には、ギリヤークさんが常宿にしていた菊屋旅館で、ギリヤークさんと太田さんと3人でお金を数えた」などの思い出も。そしてこれからもギリヤークさんを函館に呼び続けたいと思っている。
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by a-avenue | 2015-04-01 12:00 | ギリヤーク尼ヶ崎 | Trackback | Comments(0)

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